会長あいさつ

 

このたび、「日本ソマティック心理学協会」が発足いたしました。多くの方々の賛同を得て実現したものです。

これまでにお集まりいただき、お力をお貸しいただいた皆様に感謝いたします。また、これから共に活動して行く将来の会員の皆様にも、前もって感謝したいと思います。

ところで、「ソマティック心理学」を日本語で表記すると、「身体」心理学となります。今、心理学/心理療法における世界の潮流として、従来型の言語(認知)中心的なものに、非言語的な面(情動、身体性)を統合する領域、アプローチが注目を集めています。心と身を別のものとして考えるのではなく、本質的に心と身は一体であると知ることに、大きな可能性と実際的な効果があるからです。

日本においても、「ソマティック心理学」的な方向性が、とてもゆっくりとではありますが着実に浸透し、受け入れる人も増えてきているようです。しかし、現実には、ストレスの多い日常生活やトラウマ的な体験を通して、心と身が分裂的、解離的な状態であることに気づかされたり、気づくことすらなく、そのような状態を受け入れていることも、まだまだ多いようです。日本でのこの変化の動きや広がりを後押しし、また、ソマティックス&ソマティック心理学的な活動をされている個人や団体を支援する基盤のひとつになればと、今回の「日本ソマティック心理学協会」の立ち上げとなったものです。

「ソマティック心理学」は、心と身体を統合するための学という意味合いがあり、さらに、“病理”からの回復を図るだけでなく、心身統合によって、『生命体」としてのよりホリスティックな健康•発達•調和を目指すものでもあります。以上のような見地に立てるならば、「ソマティック心理学」を「カラダ」と「ココロ」の関係性を学ぶ、つまり、「身体心理」学と解釈することもできるでしょう。

「カラダ」と「ココロ」の間のコミュニケーションの活性化に重点を置く「ソマティック心理学」には、従来の心理学と比べて、際立つ特徴がいくつかあります。ここでは、その基本的な特徴である3つの人称からの視点について、触れておきます。

1つ目の特徴は、一人称の視点、すなわち、身体、身体感覚を通じての、主観的な体験や気づきの意識の重視です。特に、多くのソマティックス(身体技法、ボディワーク、瞑想)的手法が、大きな役割を果たします。

2つ目の特徴は、二人称の視点、すなわち関係性、愛着、間主観的な体験、共感的意識、合意の場(フィールド)などの重視です。特に、多くのソマティック心理療法(身体心理療法)的手法が、大きな役割を果たします。

3つ目の特徴は、三人称の視点、すなわち、科学、事実などの客観性実証性の重視です。特に、多くの科学(神経生理学、神経心理学、脳科学、生物学、遺伝学など)的手法が、大きな役割を果たします。

「ソマティック心理学」の統合的なアプローチとしては、以上の三つの人称からの体験や分析•解釈、理論化、統合のプロセスが必要となります。三つの特徴のうち、どれか一つに偏るのではなく、バランスを考え、それを獲得しようとする意欲と努力が不可欠です。そして、これら三つの特徴のすべてを大切にしていることから、「ソマティック心理学」が包括的な存在でありえるのです。

さらに述べますと、「ソマティック心理学」において、もちろん、「心理学」は中核となるものであり、「生物学•生理学」の観点も重要ですが、狭い意味での「心理学」や「生物学•生理学」に捉われるものではありません。

たとえば、昨今、世界中の心理療法のメインストリームにおいても、身体感覚を重視する「マインドフルネス」が、重要な主題となっており、喜ばしい傾向だと思います。しかしながら、本来、深淵な精神性と長年の修練が必要な領域であり、その理解としては表面レベルで留まっているセラピスト、プラクティショナーが多いのではないでしょうか。

「ソマティック心理学」は、より本格的、本質的に、ボディ•マインド•スピリットの探求、各間の橋渡し(もしくは統合)の役割を果たすことを意図しています。古代ギリシャ語では「psyche」と「soma」の統合体が人間とされます。個人に内在する「スピリチュアル」なものと、身体として体現化されている「マテリアル」、「フィジカル」なものとの関係性や統合、不二性といった哲学的、宗教的ともいえる主題の探求もまた、人間存在の全体性を対象とする「ソマティック心理学」の重要な一面であると思われます。

以上を踏まえた上で、本協会は、広義の「ソマティック心理学」を通して、人間および人間社会を、つまりは「生命性」を包括的に捉えるために、長期的視野に立って、3つの柱(分科会)を想定しいています。

•ソマティック•エデュケーション(身体教育):身体性を通じての、気づきの体験の促進。心身統合、など。

•ソマティック•サイコロジー(身体心理学):身体性を窓口とする心理、情動、感情の理解。心身統合的な心理療法アプローチ、など。

•ソマティック•スピリチュアリティ(身体的霊性):身体性に根ざした精神性や霊性の発達。身心一如、など。

3つの柱の領域は相互に関連していますので、あくまで「方便」上の分類であり、これらの統合の獲得、ないし回復の援助が、協会の目指す根本テーマともなります。

ところで、本協会の設立には、一冊の本が大きな役割を果たしています。拙著『ソマティック心理学』(2011)です。一著作がきっかけの一つとなり、実際に領域横断的な協会が立ち上げられることは稀な現象のように思えます。この実現化には、直接的には、『ソマティック心理学』に共感していただいた方々の存在、草の根的な広がりが前提ですが、その背後には、心身の問題に関して知りたい、実体験を通じて理解したいという切実な風潮が、大きな時代背景として、ポスト3•11の日本社会に存在しているからだと思います。

以上、心と身体を持ち合わせて同じ時代意識に存在している多くのみなさんと、個人的な欲求(ニーズ)および、時代と社会の使命(ミッション)に欲張りに応えるべく、一緒に素晴らしい旅ができることを楽しみにしています。

「日本ソマティック心理学協会」は、専門家であるのか、初学者であるのかを問わず、心と身体の問題に強い関心を持ち、議論は活発ながらもお互いの存在を尊重し合う、そういった真摯に身体を生きぬく仲間を、さまざまな領域から広く求めています。

また、「日本ソマティック心理学協会」は、学派、流派を問わず、さまざまなソマティックス/ボディワーク、ダンス/ムーヴメント、ソマティック心理学/心理療法等における研究者、実践者、関心を持ってる人たちが、自由に集い、交流し、相互に学び合い、共に成長、変容し、世界を意味深く味わえるような場の創出と維持を願っています。

一人ひとりの人間を構成しているおよそ70兆個の細胞の一つ一つが脈動し、共振し、汗と熱を発し発光する多くの「生命体」が行き交う、ワクワク感のある場(フィールド)が、本協会をひとつの核として形成されることを祈っています。

何かと忙し日常の日々の中でも、たとえば、晴れの日には、外に出てみて、日の光をしばし浴びて、細胞を活性化するなどといった、「いのち」が喜び踊る身近なことからはじめて生きましょう。志(こころざし)は高く掲げていますが、生まれたばかりの協会です。じっくりと皆さまと一緒に、日々、成長、変化する、この手のかかる大きな「赤ん坊」を育ていければと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

久保隆司 拝

日本ソマティック心理学協会会長

平成26年 4月 8日

 

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